【神様ごめんなさい】(9)針のむしろ
- 2011/10/01(土) 08:00:42
その日は、なんとなく会話して2時間ほど過ごした。
再びあたしは、ケイちゃんの車で送ってもらって帰ってきた。
ケイちゃんは、たぶんあたしの家の駅から 3つくらい先の町に住んでるようだった。どのみち電車をあまり使わないようなので、国道のそばのあたしの家は、ケイちゃんにとっての通り道になるらしい。
車だと、渋滞してても30分しないだろうか。
あたしは送り届けていただいてから、30分するかしないかのタイミングで、今日のお礼をメールした。
カフェでメールアドレスを交換することも、この先また仕事でご一緒するかもしれない…だなんて、そんな営業もこめて 喜んでアドレス交換した。
不思議となんの抵抗もなく過ごせた。
もちろん緊張はしたけれど…不思議な感覚だった。
(やっぱり会ったことが前にあるんじゃないかなぁ)
そんな気がした。
それは…気がしただけで…
やっぱり、知り合ったばかりのケイちゃんであることは、間違いない。
でも どうして こんなに初めてじゃない気がするんだろう。
やっぱり不思議だった。
ケイちゃんは、何度か往復したメールで
『明日も会えるかな』
と聞いてきたので…あたしは…。
なんの抵抗もなく…
『いいですよ』
と返事した。
こういうこと自体が、不思議だ。
緊張のあまり 突拍子もない言葉を言ってしまっても、なんだか自然に流れていく。
ケイちゃんの微笑みには、あたしの今まで感じたことのない安堵感があった。
けれど、この時はまだ それを安堵感だともわからずにいた。
あたしたちは、こうして連日会えた。
それも、不思議。
今の今まで、連日 徹夜続きだったのに…。
時間が こういうときに限って 空いていたりしたんだから。
会うべきして出会った人なのだろうか…。
そんなことも、この頃のあたしには なんにもわからない。
ケイちゃんのことは、不思議にスーッと心に入ってきたものの、その頃のあたしは別のことで頭がいっぱいだった。
それからほどなくして…、
最悪の結末になった。
あたしは大きな仕事をひとつ無くした。
それは、会社としても損害だった。
あたしのせいで、仕事がなくなってしまったのだ。
理由は簡単。
相手先のお偉いさんに、言い寄られていたのを断ったからだ。
仕事は欲しいけど、女性だと思ってこういう迫り方をされては困る。
ずっと以前から、迫られていたのを うまくかわしていたのだけれど、今回は無理やりにも押し倒されたので、あたしもなんとか突き放して逃げ帰ってきた。
そして、取引を中止された。
電話では
「お前なんぞは、身体で言うこと聞かなければなんの価値もない!」
と、捨て台詞を吐かれて、かなり傷ついた。
社長以下、社の仲間たちは皆女性だからわかってくれたけれど…でも…。
でも、実際は困った。
(本当はもっと 上手に断れなかったの?)
なんだか 針のむしろ。
ひと悶着あったこの日。
あたしは、締め切り原稿を早々に片付けて、定時に帰路に着いた。
(今日も ベッドでお布団を丸めて泣こう。)
翌日は幸いにも、公休日。
あたしの心はもう、泣くことしかスタンバイできない状態。
泣きながら いつ寝たのかわからない。
その夜 夢を見た。
シルエットだけの男性だった。
前にも この人が夢に出てきたことがある。
ふと目覚めると、もう朝だった。
出勤しなくていい朝。
あたしは、シャワーを浴びた。
泣き腫らした目を熱いシャワーが洗い流す。
外は ピンと張り詰めたような冷たい冬の朝。
コーヒーを落としながら、ふと携帯に目をやると ケイちゃんからメールが来ていた。
(あ・・・)
そうか。
どこかで いつか会ったことのあるような気がしていたのは、何度も夢に見た あのシルエットの男性。
切羽詰った日や、寂しさが募る夜… いくつの頃からか見るようになった夢の中の人物。
彼が夢に現れると、あたしはなんだか安らいだ。
夢の中の王子様。
そのシルエットが ケイちゃんの重なった。
あたしの胸が、なんかドキドキしていた。
ケイちゃんは
『かごで迎えに行きましょうか?』
などと、日本昔話?みたいな 楽しいメールをしてくれてる。
今日はケイちゃんもオフなんだって。
そのうち、メールを何往復もさせているうちに、時間が過ぎていき。
もうすぐ正午になろうとしていた。
ケイちゃんは、あたしをランチに誘ってくれた。
『…体調は悪くないけど ちょっと気が乗らないの。 でも原因はわかってるから、テンション上げてがんばります』
不思議とあたしは ケイちゃんに自分の胸のうちにある、泣きたい気持ちを ポロリと打ち明けていた。だから余計ケイちゃんは、心配してくれたのか ランチ行こうって 何回もメールに書いてくれた。
だから…。
泣きはらした目で ケイちゃんに会いたくなかったけど…。
あたしは、この最悪の日も ケイちゃんと逢うことになったんだ。
(神様ごめんなさい。今日帰るまであたし泣きませんように。)
(『神様ごめんなさい』より。。。)
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【神様ごめんなさい】(8)あたしはネコ
- 2011/09/30(金) 08:00:50
「人なつこい猫みたいだね。」
急にケイちゃんは、あたしのこと「猫みたい」だと言った。
どうしていいのかわからず…咄嗟に。
「ニャー」
と猫の鳴きまねをして、そのあと、小さな声で申し訳なさそうに言ってみた。
「・・・でも 私 猫 苦手なの。」
「わはははははは」
せっかく 可愛く言って下さったのに、猫を苦手だと言っちゃって 気を悪くするのかな?と一瞬心配したけど…ケイちゃんは大笑いしながら、カフェの駐車場に車を入れた。
まあ 笑ってくれてるんだから、怒ってはいないみたいだ。
こういう時、父だったら怒ってるな…。
あたしの父は、何かとすぐに怒るから。
こういう ヘンテコなことを言ってしまうと、「お前はそういう気の利かないところが、ダメだ!」と必ず怒られてしまう。
だから すぐに「怒ってるかな」と顔色を見ちゃうクセがあるんだ。
なんでか この時、そんな自分を発見したりしてた。
店内は暖かかったけど、やっぱりホッとコーヒーがいい。
テーブルに着くと ケイちゃんは、楽しそうに目を細めてあたしを見物していた。
ますます上がってしまって、あたしは 黙って まだ暑いコーヒーをすするように口に入れた。
あんまりにも じーっと見られてたので…。
「ん?」
と ケイちゃんを見つめ返して促した。
「なに?」
「ん? 見てるんだよ。」
「おかしい?私・・・。」
「あぁ。面白いね。」
「え?・・・・なんで?」
「なんかお前さ、不思議な感じがするんだよな。」
「そうなの?」
不思議なのかぁ…。
じゃ、怒ってはないのね?それならいいか。
あ・・でも 軽蔑してるとか?
どうしよ・・・聞いたほうがいいかな。
「ね、私 どこがおかしいの?」
「可笑しいっていうか かわいいよ。やば! 言っちゃった」
今度は照れくさそうに笑いながら、改めてこっちを見たので…。
話を聞いてなかったと思われちゃいけないかなぁ…なんて。
「今 かわいい って言った?」
と復唱してみた。
「あれ、聞いてなかったの? 残念」
いやいやいや。だからちゃんと復唱したでしょ。聞いてましたよ。
「言ったね? ね? 言ったね?」
ははぁん。内容があれだ。ふむふむ。それで恥ずかしがってるのかな?
なんだか、ちょっと 失敗しちゃうのはあたしだけじゃないって安心した。
「・・・言っちゃったね。」
と、仕方なさそうに 認めてた。
でしょー?言いましたよねぇ?
だって 緊張してても話は聞いてますってば。
それに…。
あ・・・。
かわいいって言われたんだ…。
いやいやいやいや。
お世辞よ。
何 本気にしようとした?
あたしってバカ。
「そんなこと 言われたことないよ。アハハ。」
とりあえず、笑っておいた。
「やっぱり 猫みたいだなー。」
「あたし、小犬は飼ってたよ。
でも 猫は 苦手。
アレルギーがあるの。」
「別に 本物の猫のことじゃないよ。」
「? 偽者の猫って?」
「わはははははははははは・・・
違う。違う。 猫みたいな女 ってことだよ。」
「?・・・。 ふーーん。 じぁ、ケイちゃんはなーに?」
「俺?」
「馬? んーーーと、何だろ・・・・えーっと。」
なんだろ。気の利く動物の名前が浮かばなかった。
「俺は 猫の飼い主だろう(笑)」
「そうなんだ。じゃ 私のご主人様かぁ」
あはは。なんかそんな感じした。
さっきから 保護者のようだもん。
いや、実際の両親は よほどあたしには こんなに優しくない。
「じゃ、これから“ネコ”って呼んでいいか?」
ケイちゃんは、あたしのことをこれから「ネコ」と呼ぶらしい。
あははは。
悪い気はしなかった。
周囲には「まやちゃん」って呼ばれてただけに、子供じゃないんだから「ちゃんづけとかなんなの?」って、照れくさくて…。だから「まやちゃん」よりは全然いい。
「うん、わかった。」
あたしは、即答で了承した。
この日から、あたしはケイちゃんに「ネコ」と呼ばれるようになったんだ。
(神様ごめんなさい。まやはネコになりました。)
(『神様ごめんなさい』より。。。)
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【神様ごめんなさい】(7)
- 2011/09/29(木) 08:00:00
「もうすぐ家に着いちゃうね。 まだ時間 大丈夫かな?」
あたしの自宅近くまで来た。
あと交差点ふたつ。
そう、二つ目の交差点の角のマンションが、あたしの自宅のある場所。
送ってもらって、そそくさと失礼するのもどうなんだろうか?いや…どうすればいいんだろうか…。
「うん。大丈夫です。」
ひとまず、時間の猶予があることは返答した。
「じゃ、どっか近くで お茶でもしよっか?」
「いいけど・・・。」
「?」
あぁ…どうしよう。
お茶くらいはいいかぁ。
まさか自宅に上がりたいなんて言い出したら、そりゃ断る!
けど…どっかでってことは…まぁ、どこかでなんだから…。
あ…でも どうなんだろ…。
「いいんですか?」
「アハハハ。俺が誘ってるんだよ。」
そりゃ、そうだけれど…。
あたしは泣きたいくらい、自分がこれでいいのかを訊いてみたかった。
軽率な女だと思われたくないし…。
もはや あたしの脳内は混乱していて…。
(もういい。野となれ、山となれ!)
お茶しに行くという、清水の舞台から飛び降りる覚悟だけはした。
もう唇を噛んで、運転もしないくせに真っ直ぐ正面を見てるしかない。
「まだ 緊張してるの?」
「うん。」
なんだかこの心境を察してくれたみたいで、うれしくなった。
バカみたいにあたしは 微笑んで、沈黙の緊張から解き放たれた感じで、元気よく返事した。
…と。
唐突に運転席から彼が、あたしの頬をツンツンと指でつついた。
まるで子供をあやすみたいに。
それが なんとなく シックリ来ちゃって…。
あたしは 奇妙にも
「うふふ。」
と 微笑み返した。
信号待ちの彼は、あたしを見つめて 保護者のように微笑んだ。
「人なつこい人かと思ったけど・・・・、意外に人見知りするんだね。」
「うん!するよ!今もしてるもん!」
図星なのが嬉しくて? 笑顔で答えてみる。
「あ・・・・でも・・・・。」
そう。「あ!でも!」だよね。
これからお茶に行くって言うのに…それじゃ気を悪くなさっても申し訳ないと想い・・。
「なに?」
「あのね。不思議だけど、ケイちゃんにはちょっと違うかも。」
と…フォローしたつもり。
あぁ フォローにはなってないのかなぁ。
まぁ…どっちにしても、「ケイちゃん」って呼ぶことにも慣れてきた。
だいたい 何 ケイちゃん? ケイイチだっけ? ケイジだっけ? 苗字なんだっけ? えっと… えっと…。
思い出せない。
名刺をおもむろに出して見るのもどうよ?
あとでお店に着いたら、トイレに行って名刺を見なくちゃ。
えっと…。
あとは…。
どうすればいいのーーーーーーーーーーー?
でも そのケイちゃんは…。
隣でニコニコと面白そうに 時折あたしを見て笑っていた。
なんか…。
笑ってくれてるから いいような気もした。
そのくらい、ケイちゃん。
そう ケイちゃんの笑顔は なんだか 優しそうであったかい。
(神様ごめんなさい。ケイちゃんて何ケイちゃん?)
(『神様ごめんなさい』より。。。)
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【神様ごめんなさい】(6)緊張感
- 2011/09/28(水) 08:00:00
なんとなく歩いていた。
言ってみるなら、名前だけを知った人だ。
しかも 歩くのが早い。
あたしは気を遣われないようにと、いつもの歩幅よりも大きく歩いた。
その人は何度もあたしを見下ろしながら、話しかけては あたしの返答を「面白いなぁ」と言った。
何が面白いのかはわからないけど、どうも楽しそうなので 別段 嫌なわけではなさそうな?そんな感じ。
駅が近くなった。と言ってもZ社は駅から徒歩5分。
12月半ばを過ぎて 小雨が降る日だった。夕刻だけど、もう真っ暗な空で 街頭の明かり越しに 小雨の粒が線になって見える。
傘を差しながら、この重いバッグが 肩に食い込んで痛かった。
それでも、あたしは平然とした顔して彼の横を歩いた。
重いとか…痛いとか…そういう弱音を知られるはいや。
なんでか、そういう意地っ張りなところもあるあたし。
「電車?」
「はい。」
「そうか、家どこ?」
「一駅先です。」
「送っていこうか? 俺 車なんだよ。駅前の駐車場に停めてるの。」
もう駅のロータリーは目の前。
彼の指差す ロータリーの向こうにコインパーキングがある。
(どうしよ…いいのかな…)
本当は ご遠慮するのが常識だと思ったのだけど、一瞬戸惑った。
たった一駅なんだけど、自宅の最寄り駅ではない。実は路線が平行して走る電車なので、距離的にはすぐなんだけど非常に不便な場所なのね。
前に、自転車でもこれるかなぁなんて思ったけど、坂道があるからちょっとキツイし、バスで10分…そしてこの路線で一駅、遠回りだけど仕方ない。
けど…今日は荷物がやけに重いし、中途半端な小雨。
乗せてもらえるのなら、非常にありがたい。車ならたったの10分もしないで着く場所だから…。
(どうしよ… ちょっと図々しいかな…)
「あの・・・いいんですかー?」
失礼にならない程度に、様子を伺った。
どうやら彼もそっち方面らしい。
まぁ、通り道と言ったほうがよさそうだ。
ならば、多少は遠慮なく乗せて頂けるかも…。
(あ、でもなぁ)
男性の車に、簡単に乗っちゃって大丈夫かしら…。
一瞬そう考えたけど、仕事場でトラブルにしたくなければ、余程の警戒も必要じゃないかな…。
なんだか 久しぶりに こういうこと考えた。
パーキングで彼は まず後部座席のドアを開けて、大きな自分のバッグをポイと入れた。
(こういう場合、あたしって どこに乗せてもらうべきなんだろ)
一瞬 不安になった。
常識のない人にはなりたくない。
仕事で今後も会うかもしれないし…。
「どこに乗ったらいいですか?」
「助手席へどうぞ。」
あ…やっぱり、そうですよね。
だって後部座席には荷物が結構あるみたいだし。
「はい。」
とりあえず返事だけは 上手にできた。
そしてあたしは 助手席に座らせてもらった。
駐車場を出るときには、左折して欲しいことを伝え なんとなく自転車で来るとしたら?と 地図を見たことがあったから、自宅までのルートを案内した。
ま…カーナビもなんか言ってるみたいだし、要らぬ案内だったかもしれない。
踏み切りで車が停まった。
「おとなしいね。」
あたしも気になってたけど、車を走らせてから道案内以外は沈黙だった。そこを彼が口火を切った。
「あ・・・ごめんなさい。緊張してます。」
「緊張?」
「あの、人見知りしてます。」
「え?人見知りしてるの?俺に?」
(えっと なんていう? こういうとき なんて言おう。)
俺に?って聞かれちゃったから、「はい。」だけでも なんだかそっけないし…「はい。あなたです。」って なんだかヘタの英語の直訳みたいだし…。
そして 咄嗟に…。
「うん。ケイチャンに。」
あぁなんて馬鹿なんだろう…。今日も一日響子先輩と居て「けいちゃんがね!」って…響子先輩から旦那さんの敬太さんの話題を聞き過ぎてたからか?…はずかしいよ。
どうしよ…どうしよ…どうしよ…。
よし…何事もなくしよ。
車が動き出して、ホッとした。
でも、車に乗せて頂きながら 失礼だったかもしれない…。
ちょっと考えて、あたしは もうだいぶ経っちゃったのに、付け足してみた。
「あの・・あたし・・・これでも ケイちゃんには・・・他の人と比べると 安心感を持ってる方な気がします。」
この際、「ケイちゃん」ってことで さっきと統一させておいた。
今更 ど忘れした苗字を確認も出来ないし…。
とにかく 先日 響子先輩の旦那さんと同じ「けいちゃん」だと、そう記憶しておいてよかった。後でもう一回名刺見ておかないと…。
あぁ どうしよう。
考えてみたら、ウチの会社は全員女性だし…。
最近 男性と二人きりになんてなったことなかったんだ。
この期に及んで、あたしは緊張感マックス。
気を失いたいくらい、緊張した。
(神様ごめんなさい。車に乗ったあたしがバカです。)
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【神様ごめんなさい】(5)夢は児童文学
- 2011/09/27(火) 08:00:05
それから半月ほどが過ぎた。
一つ締め切りの仕事をまたいだので、寝不足なんてものじゃない。
一旦ピークを越すと、あたしは再びZ社へ行った。
実はあたし、児童文学作家をやってみたかった。
雑誌の編集などをしていると、文章を書くことはざらにある。文章自体は、きちんとした文章が書けるにもかかわらず、あたしはどうも 話すのが苦手。周囲の人に「まやちゃん」と「ちゃん」づけで呼ばれてしまうのも、話し言葉に幼稚性があり その上童顔だから?
でも そのあたりのギャップから 幼児・児童向けの冊子を担当することも多かった。着目のセンスからも、「いつか絵本でも書いてみたら?」とはよく言われていた。
子供の頃に読んだ『モグラ原っぱのなかまたち』
あんな児童文学を書ける人になりたかった。
(うんと年をとって、結婚もして…子育ても終わり…いろんなことを学んで…、そしたらいつか 児童文学を書くんだ!)
周囲の人に勧められてた、絵本というよりも あたしには児童文学の方が憧れだったりしていた。
Z社では そういった関連の出版もあったので、時折仕事を手伝わせてもらっていた。要するにわが社からしたら 派遣に出してるようなもの。
でも勉強になるし、ここでの仕事は楽しかった。
いや、もちろん他の内容の仕事ももちろん有意義だけどね。
でも、単に休みがなさ過ぎて 時々身体が悲鳴を上げている感じ。
しかも、締め切り間近で 混沌としだすと、精神的にも参る。
この職業は誰でもそうだから、あたしがひ弱なだけなんだけど…、学生時代の友達が そろそろみんな結婚していっちゃうから、「マリッジじゃないブルー」に襲われてるのかもしれない。
(あぁ こういう自分っていやだ)
この日も午前中は自分のデスクにいて、午後を回ってからしばらくしてZ社へ来た。
夕刻までいろんなことをして過ごしていたのだが、そろそろ帰ろうかという時刻になっていた。
「まやちゃん、ごめんね今日は。手伝わせちゃったねぇ。」
「ううん、響子先輩もお疲れでしょう? この後も頑張って下さいね」
Z社の編集部では、今日明日が締め切りというものを抱えていたので、皆さんざわついている。どこでも締め切りが迫るとこんなもんです。このまま居ても返ってお邪魔というか、気を遣わせてしまうから あたしは失礼することにした。
編集部を出て受付ロビーまで行くと、いつものように編集長の部屋に挨拶に行った。
「まやちゃん、これ持って帰って」
編集長は、田舎から送られてきた羊羹を あたしに下さった。
お陰でバッグの中は、書類の塊でただでさえ重たいのに、更に重くなった。
(参ったなぁ・・雨・・止んでるといいけど・・)
連日 睡眠不足の上、ヒドイ肩こり。
今日は重たいバッグが、身体にこたえそう。
編集長の部屋を出ると、そこにはこの間の男性がいた。
「あれ?」
あたしを見るなり、例のあの笑顔で 周囲の空気を変えた。
「おひさしぶりですぅ。」
先日、置き去りにしてしまった罪の意識が ついあたしにも愛想みたいな気持ちが出ちゃって、思ったより高い声で話してしまった。
自分の声に驚いて、はずかしくなって目が泳いだ気がする。
「もう帰るの?」
「はい。まだいても ご迷惑ですもの。」
と、出版社の受付を見つめながら、もう用事が全部済んだことを脳内で再確認しながら返答した。
「じゃ、一緒に出ましょうか。」
どうやら、この人も用事が終わってるらしい。
「ええ。じゃ一緒に帰りましょう。」
頭の中でぐるぐると、大事なことを忘れてないか もう一度サーチライトをあてまくったけど、大丈夫そうだ。今日はもう帰れるなとそう思った。
そんなあたしの返答が なんだかおかしいのだろうか…。
(わらってる)
なんだか とってもおかしそうに笑ってるような そんな笑顔? そんな笑顔が印象的なんだろうな。こっちまで可笑しくなるもの。
受付ロビーを響子さんの隣のデスクの人がツカツカ歩いていた。
「あ!まやちゃん! またねー。」
「あ・・まったねー^^」
遠めに挨拶を交わしながら、あたしとその人はZ社を出た。
「ここへは よく来るの?」
階段を上がりながら その人があたしに訊いた。
「ううん。まだ 3回目くらい。」
なんだか改めて、この人と居ることに緊張した。つまり人見知り。でも、相手は面白いものを見てるように しかも ゆったりとした感じで話しかける。
「ズイブン 親しそうだったから・・・。」
「あ・・でも私 あの人のこと よく知らないもん。」
響子さんの隣のデスクの方は、えっと…いつも響子さんとあたしの話を聞いててニコニコしてるだけで、あたし自身会話したことないような? そんなことを自分なりに確認していたら…隣を歩く彼が大笑いしだした。
「え?」
あたしは、またやっちゃったんだろうな。
なんていうか…文章は書けるクセに、こう…なんていうか、会話が苦手。なんか可笑しなこと言っちゃったんだろうなぁ。心の中ではもう、恥ずかしくて恥ずかしくてテンパッていた。
「よく知らない人に 『またねー』って やんないでしょう」
「じゃぁ なんて言えばいいの?」
「いや。普通に『おつかれさまでした』とか 『失礼します』とか・・・。」
「あっそっか。そうだね。うふふ。」
「いや、別に そのまんまでいいんですよ(笑)」
完全にあたしの言動にウケテル様子だった。
ま・・蔑まれちゃったわけでもなさそうだから、ちょっとホッとしながら 会話の苦手な自分にイラッともしつつ…。
(楽しい人だなぁ)
その人の持つ雰囲気とでもいうのだろうか、柔和で優しい その空気をかもし出しながら あたかも楽しそうに笑う笑顔が、人見知りのあたしでも平気な感じ?安心感?そういうのが感じられた。
なんだかよくわかんないけど、とりあえずあたしも 笑った。
「うふふ。」
(ん?今は 笑うタイミングじゃなかったのかなぁ…なんか見てる…こっち見て笑ってる。)
どうしていいかわからないから 澄ました顔しておいた。
(神様ごめんなさい。 こういう時どうしたらいいんだろ)
(『神様ごめんなさい』より。。。)
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